2006年02月26日

2.26事件70周年

 今日(2/26)は、「2.26事件」が起きてからちょうど70年になる日ですね。
 「2.26事件」については、詳しい解説のあるホームページが多くあり、また、私は歴史学に疎いので、ここでは詳しいことは述べませんが…(逃)
 ごくごく大まかに言えば、「陸軍の若手将校の一部がクーデターを企て、自らの支配下にある兵士たちを引き連れて、首都の主要施設を制圧したり要人を暗殺したりした」というようなものですよね?

 私が「2.26事件」という言葉を初めて聞いたのは確か、小学生の頃だったと記憶しています。
 当時は何のことか全く分からず、単に「"2.26事件"という名前を聞いた」というだけだったのですが…
 そして中学生になって、社会科の副読本(歴史資料集)や歴史漫画を見て、事件の内容について初めて知りました。
 ただその時も、事件の背景等について突っ込んで調べるまでには至らず、兵士に投降を促すビラの写真などを見て「大臣が殺されたのか…恐ろしいことがあったんだな…」と思った程度でした。

 「2.26事件」のことについて、私がもう少し詳しく調べる気になったのは、社会人になってからでした。
 きっかけは、兵士に投降を促すラジオ放送を聴いたり、将校への判決を報じる新聞記事を見たり、高橋是清邸(江戸東京たてもの園に移築)を見たりしたことでした。
 (上記はいずれも、別件について調べている過程で偶然にも発見したものでした)

 兵士に投降を促す放送の中で、「お前たち(兵士)は上官(将校)の命令に絶対服従して誠心誠意活動してきたのだろうが」「投降すれば今までの罪も許される」のようなくだりを発見して、先述のビラの意味も分かりました。
 当時の軍では、上官の命令には絶対服従であり、たとえ命令内容に問題があっても、下位の者は反対することができませんでした。
 事件の首謀者である将校たちを処罰するのは当然としても、その将校たちの命令に従っただけの兵士たちをも無条件に処罰するわけにはいかない…という判断が働き、兵士に投降を促すことになったのでしょう。
 もっとも、当該の兵士たちについては、日中戦争の時に過酷な部隊に配置され、多くの犠牲者を出したという話も聞きますが…

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 さて、現在の我が国の職場ではどうでしょうか…
 上司の命令内容に(法令・社会通念上の面において)問題がある場合、部下はその命令を拒絶できます(というより、拒絶する必要があります)。
 また、上司が最終的に命令を発するまでの過程において、部下は上司に対して意見を申し述べることができます。
 ただ、上記の原則はあくまでも建前論であり、実際には上記の原則が守られていない職場が多くあることでしょう。
 これまでに企業や官公庁等において発生した不祥事の多くは、上記の原則が守られていなかったことにより発生したものでしょう。

 普段は「問題のある命令は拒絶するぞ!」と思っていても、いざ自分が身近な上司から命令を受けると、途端にその気持ちがなえてしまうのが、多くの人々の偽らざる気持ちでしょう。
 「その命令を拒絶したら、後々になって様々な不利益を被るのではないか…」という恐怖心が重くのしかかってしまうためです。
 恐怖心に押されて「問題ある命令」を実行してしまったばかりに、自らも責任を問われる結果になってしまった人々はこれまでに数多くいます。
 そのような人々を見ると、「愚かなことをしたものだ…」という気持ちと「お気の毒な…」という気持ちの双方がわき起こります。(もちろん、前者と後者の比率は、各事案ごとに異なってきますが…)

 幸い、最近では「法令遵守」ということが叫ばれてきているので、問題ある命令に対しては「No」と言いやすい雰囲気になりつつあります。(もちろん、職場ごとに異なりますが…)
 「"問題ある命令を拒絶した"ことを理由に受ける不利益」よりも「拒絶したことにより受けずにすむ不利益(刑事罰・社会的制裁等)」の方が、長い目で見れば大きいのだ…ということを、個人も組織も今一度認識すべきだな…と思いました。

 そのような考え方が一般的になることが、「2.26事件」の兵士たちの供養にもなるかな…と思っています。
posted by たーしー at 17:59| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月06日

空気でも洗える洗濯機

世界初空気(オゾン)で洗う(除菌・消臭)「エアウォッシュ」機能搭載ドラム式洗濯乾燥機を発売(三洋の公式発表資料)

 三洋電機から、↑のような洗濯機が3/11に発売されるそうです。
 これはオゾンの力を大いに活用したもので、以下のような機能を持つのが特色です。

・オゾンを噴射することにより、水を使わずに消臭・除菌を行える「エアウオッシュ」機能を持つ。
 この他にも「オゾンスチーム」「カビガードコース」など、オゾンを利用した機能がある。
 (公式発表には明記されていないが、洗剤なしで洗える「洗剤ゼロコース」機能も、オゾンを利用している可能性がある)

・すすぎに使った水をオゾンで浄化し、乾燥時の除湿水や次回の洗濯等に再利用できる。

(オゾンについて)
 オゾンによる消臭効果を活用した製品というと多くの人は、トイレのウオッシュレットや、喫煙室の空気清浄器などを思い浮かべることでしょう。
 また、河川の水質が劣悪な地域にある浄水場や、下水処理水を再利用する施設などでは、原料水にオゾンが相当量注入されています。
 (オゾンを注入して浄水処理した水道水を給水している地域では「まずい・カビ臭い」という苦情が激減し、また、オゾンを注入した下水処理水は、注入前に残っていた色や臭いがほぼ消えるそうです)

 オゾン(O3)は、酸素(O2)に紫外線を当てたり、放電したりすることにより、比較的手軽に生成できます。
 成層圏にあるオゾンは、宇宙からの紫外線が酸素にぶつかって生成されたものです。(これが紫外線を吸収するための重要な役割を担っていることはよく知られていますね…)
 浄水場などのようにオゾンを大量に使用する所では、酸素や空気を取り込み、紫外線照射や放電によりオゾンを製造する設備(建物一つ分くらいの大きさ)を持っている所が多いようです。
 いっぽう空気清浄器では、「パチッ!」という音が内部から時々聞こえてきますが、これはオゾンを製造する時の放電音だそうです。
 三洋から今回発売される洗濯機がどのようなオゾン発生機構を持っているのか、私は具体的に把握していませんが、あくまでも家庭用なので、恐らくは空気清浄器のオゾン発生器を一回り大きくしたようなものなのでしょうね。

(この洗濯機について思うこと)
 私は面倒くさがり屋で、しかもおしゃれには無頓着なので、汚れてきたと思った衣類は片っ端から洗濯機にぶち込んでしまうほうです。
 それでもやはり「洗ったら傷んじゃうかな…。でも汚い(臭う)からこのままにはできないな…」と悩むようなものも時々あります。
 オゾンの威力はある程度知っていたので、それをふんだんに活用した洗濯機が登場すると聞き、嬉しく思っています。
 とは言っても、いかんせん値段が高すぎるので、実際に買うのはもう少し値下がりしてからになりますがね…
posted by たーしー at 21:49| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月02日

経済格差

経済格差悪くない、小泉首相が答弁=「ねたむ風潮慎むべき」−参院予算委(時事通信2/1報道)

 「構造改革に伴う経済格差が拡大している」との批判が出ていることに対し、小泉首相が「格差が出ることは悪いこととは思っていない」と、今日(2/1)の参院予算委員会で答弁したとのことです。
 ただし首相は同時に、「(改革の)影(の部分)に対し、どうやって手当てをしていくかが大事」とも述べ、弱者に対する配慮も見せたとのことです。

 また、「貧困層が増えているという認識はあるか」との質問(社民党の福島党首)に対しては、首相は「ますます増えているとの認識はない。どの時代でも成功した人と成功しない人がいる」「貧困層をなくす対策と同時に、成功をねたむ風潮や能力のある人を引っ張る風潮は厳に慎んでいかないと、社会の発展はない」と答弁したとのことです。

 首相サイドはこれまで「格差はさほど生じていない」との見解を示していましたが、「格差はかなり生じているのではないか」との意見が与党内にも相当数あり、首相サイドもその点をある程度認めざるを得なくなったのでしょう。(それが今日の発言の背景でしょう)
 これまでの姿勢は基本的に維持しつつも、(首相なりの尺度でですが…)世間への配慮も示し、自らの方針への理解を求めたといったところでしょうか。

(以下、私の個人的かつ抽象的な意見です)
(1) 経済格差が生じることは、「ある程度はやむを得ないこと」と思っています。(「良いこと」とも「悪いこと」とも言えません)

(2) 「ある一定の目標を掲げ、それを達成するための努力を(法令・公序良俗に反しない範囲で)行い、目標を達成できた人」のことはねたむべきでないと考えます。
 ねたむ暇があれば、自分も同じように努力すれば良いことです。
 一方で、その目標が自分にとって「価値のないもの」であれば、成功した人を見てもねたむ理由にはならないでしょう。

 ただし、上記(1)(2)には、下記(3)(4)が満たされることが大前提であると考えます。

(3) 努力が報われずに苦況にある人に対しては、再挑戦の機会をふんだんに提供すべきと考えます。(政府も民間も)
 「勝ち組」「負け組」を固定してしまうような状況は、(新しい自民党の目指す)「競争主義社会」にとっても(社民党・共産党の目指す)「平等主義社会」にとってもふさわしくないでしょう。

(4) 努力の意志がありながらも、それができない状況にある人に対しては、障害となっているものを取り除き、努力できる状況を作り出すための手助けを行うべきと考えます。(政府も民間も)
 このような立場の人々を「可哀想な人」「保護してやるべき人」として見るのではなく、「このような立場の人々が尊厳を保ちながら自立できるよう」応援・支援を行うのが良いと考えます。

(5) 「勝ち組」「負け組」の基準は、必ずしも一意的には定められないと考えます。
 「分野はともかくとして、莫大な収入を得る」こと、「収入は普通でも、ある分野の第一人者になる」こと、「目立たない仕事でも地道にこなし、縁の下の力持ちとしての役割を全うすること」など、目標とするものは人によりそれぞれ異なっていて良い考えます。
 そして、それらの目標が達成できた人(自分自身で満足できた人)が「勝ち組」であると考えます。(周囲の評価は重要ではありません)

 上記(1)(2)に関しては、私も小泉首相の意見と大きくは違わないようですね。
 あとは、小泉首相やその後継者が、(3)(4)のための対策を(口先だけではなく)いかに実行してくれるか、しっかりと見守っていきたいと思います。
 更に欲を言えば、(5)のような考え方についても理解を示してくれると嬉しく思います。
posted by たーしー at 09:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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