2006年08月15日

終戦61周年

 戦争の件について、昨年(2005年)の8月は被爆の日に書いたので、今年は終戦の日に書くこととしました。

 小泉首相が今朝、靖国神社を参拝しました。
 (これにより、小泉首相にとっては「かねてからの公約を実現した」こととなりました)

 現職の首相が靖国神社を参拝することに関しては、私は以前にもこのブログで、自分の考え方を書きました。
小泉首相の靖国神社参拝(2005年10月18日の記事です)
 今回は、↑の記事で言及していなかったことについて、もう少し言及しておきます。

 靖国神社が現時点で抱えている問題点としては、以下のようなことが挙げられるでしょう。

(1) 東京裁判で「A級戦犯」とされた人々と、その他の軍人・軍属とが合祀されていること。
 → 結果的に、侵略戦争の責任者と、(その責任者の命令を遂行して命を落とした)犠牲者とを同列に扱うこととなる。

(2) 追悼対象が「軍人・軍属」にほぼ絞られていること。(一般戦没者を追悼する施設も一応あるが、本殿に祀られているわけではない)
 → 一般戦没者は侵略戦争の完全なる犠牲者であり、それらの人々を主体的に追悼していない状況では、戦没者追悼施設としては不十分。

(3) 神道形式での参拝を前提としていること。
 → 神道信者以外の戦没者にも神道を強制することとなり、政教分離・信教の自由等の原則に抵触しうる。

(4) 遺族の同意を得ない合祀が少なからず行われていること。
 → 合祀を望まない遺族にとっては、合祀を強制されたと映りうる。

 以上のような問題点を抱えたままの状況で、現職の首相が靖国神社を参拝することで、さまざまな摩擦を引き起こしているものと考えられます。
 (現職首相の発言・行為は、諸外国からはしばしば「我が国の国家としての意思を表明している」ものと捉えられるので…)
 色々書くと長くなりすぎるので、今回は上記(1)〜(4)のうち、(1)に特化して話を進めていきます。

 (1)について言えば、首相は犠牲者だけを追悼したつもりであっても、諸外国から見れば「侵略戦争の責任者をも一緒に追悼している(侵略戦争を正当化している)」と受け取られるわけです。

(少し話がそれますが、A級戦犯の話について…)
 東京裁判については「戦勝国サイドの一方的な裁判」との見方が少なからずあり、私個人としても「一理あり…」と感じる部分がないわけではありません。
 ただ我が国は戦後、東京裁判の結果を受け入れることを前提に講和条約を結び(賠償請求権も放棄してもらい)、国際社会に復帰してきているので、東京裁判を否定してしまえば、講和条約〜賠償請求権放棄〜国際社会復帰の前提が覆されてしまいます。

(余談はさておき、話を元に戻します)
 現職首相にも勿論、「信教・思想の自由」はあり、心の中で靖国神社へ思いを至らせることには、何ら問題はありません。
 ただ同時に首相は、我が国の国家・国民の運命を預かる立場にあるので、職務遂行過程においては、自らの思想・信条を多少抑制する必要が生じる場面もあります。
 また、前述の通り、現職首相の発言・行為は、諸外国からはしばしば「我が国の国家としての意思を表明している」ものと捉えられます。

 首相が自らの「信教・思想の自由」を貫き通すあまり、諸外国との摩擦を必要以上に生じさせ、それが我が国の国家・国民へ様々な不利益を生じさせる結果をもたらすとすれば、それは首相として無責任とのそしりを免れないでしょう。

 靖国神社を参拝することにより生じる、諸外国との摩擦を回避(少なくとも極小化)するためには、以下のような方策があるでしょう。

(A) 靖国神社の抱える問題点(上記(1)〜(4)のような)を解決した上で参拝する。
(B) 現状のままで参拝はするが、それについて否定的な考えを持つ国々に対して、丁寧かつ誠実な説明を行い、理解を得る。

 小泉首相の今までの動きを見る限り、上記(A)(B)のような方策を十分にこうじてきたようには、私には見えません。
 その結果、中国・韓国との摩擦を必要以上に増幅し、これらの国との関係全般に有形無形の悪影響を及ぼしているのは、国民の一人として非常に残念に思います。
 (勿論、中国・韓国の両首脳にも「反日を内政に利用している面」や「日本の首相と同じように意固地になりやすい面」が見られることは否定しませんが…)

 次期首相に就任する方が誰なのか(少なくとも建前上は)分かりませんが、次期首相には、国家・国民の利益を考え、自らの信条をきちんとコントロールして頂きたいと切望しています。
posted by たーしー at 22:46| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

60年目の日本国憲法

 (以下の記事は、やや観念論に偏っているきらいもありますが、ご容赦願います)
 5/3に書こうとして書けなかった記事ですが…
 日本国憲法が施行されてから、3日で59周年を迎えました。(今年の11/3には公布60周年を迎えます)
 大日本帝国憲法(1889年発布・1947年改正;58年間存続)よりも長持ちしてしまったのですね。

☆護憲・改憲

 憲法記念日には例年、「護憲派」と「改憲派」がそれぞれ集会を開き、それぞれの持論を声高に表明する…というのが慣例化していました。
 最近は憲法改正の気運が高まり、具体的な改正案が(9条に限らず)様々な角度から議論されています。
 そのような状況なので、今年の憲法記念日の集会はこれまでと違った状況になるかな?…と予想していました。
 でも、各種報道を見る限りは、例年と大きく違わない状況だったようですね。
 (大まかに言って、護憲派は「9条を改正させない」「憲法を一字一句変えさせない」という意見表明が多く、改憲派は「9条を改正して自衛軍を持たせる」「復古調の改正(国民の責務の増加等)を目指す」という意見表明が多かったように見受けられました)
 ただこれは、マスコミの取り上げ方が従来の「護憲派 vs 改憲派」の図式に囚われすぎていたのかもしれませんね。(実際にはもっと複雑に意見が分かれていたのではないかと思われます)

 ちなみに私は、上記で言うところの「護憲派」でも「改憲派」でもないので、今年の報道ぶりはもどかしく感じました。
 今後は、更に多角的な取り上げ方を期待する次第です。

 (憲法改正に対する私の意見ですが、簡単に言えば、「9条1項の改正は反対、2項の改正は賛成」「復古調の改正は反対」「環境権・プライバシー権の創設は賛成」「国会や裁判の制度改正は賛成」というところです)


☆国民投票法案

 与野党(自民・公明・民主)で議論が続いているようですが、通常国会での法案成立は困難なようですね。
 国民投票法案に関して、小泉首相はさほど関心がないらしく、法案成立のための会期延長も望み薄なようですね。

 この法案に関して、与党では現在のところ、自民・公明・民主の3党で共同提出する方針とのことですが、この方針は是非とも貫いていただきたいと思います。
 昨年9月の衆議院総選挙では、憲法改正問題は主たる争点となりませんでした。
 (多くの有権者も、この問題についてあまり熟慮せずに、投票政党を決めたことでしょう)
 現在の衆議院では、与党が圧倒的多数の議席を占めていますが、憲法改正問題に関する限り、この議席数が有権者の意志であるとは限りません。
 このような状況を勘案すると、与党が野党を振り切って、単独で法案を提出・成立させてしまうことは、たいへん危険といえるでしょう。

 もちろん野党側にも、「反対のための反対」は慎み、建設的な議論を与党側と行っていただきたいところです。
 社民党・共産党の「国民投票法は憲法改正につながるので反対」という態度をとっていますが、私は賛成できません。
 憲法には改正規定があるのですから、それに関する手続き法(国民投票法など)を作らせないというのはそもそもおかしな話でしょう。
 憲法改正に反対するのであれば、手続き法に従って、改正反対の意思表示をすれば良いのですから。
 社民党・共産党には、「改正反対の意思表示がしやすいような、より良い手続き法」を作るための議論に加わって頂きたいところです。
 このまま手をこまねいていて、「いつの間にか自民党ペースで議論が進み、改正反対の意思表示がしにくい手続き法ができていた」ということにならないように…

 国民投票法案には現時点でも、改正賛否の「逐条 or 一括」、メディア規制、投票年齢下限(18歳 or 20歳)など、自民党と他党で意見の分かれている問題があります。
 この法案に関する議論を拒否しているということは、下手をすれば、(両党と最も対立する)自民党案の実現に(消極的ながらも)手を貸していることになりかねない…ということに、社民党・共産党には気づいて頂きたいところです。
posted by たーしー at 22:18| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月02日

経済格差

経済格差悪くない、小泉首相が答弁=「ねたむ風潮慎むべき」−参院予算委(時事通信2/1報道)

 「構造改革に伴う経済格差が拡大している」との批判が出ていることに対し、小泉首相が「格差が出ることは悪いこととは思っていない」と、今日(2/1)の参院予算委員会で答弁したとのことです。
 ただし首相は同時に、「(改革の)影(の部分)に対し、どうやって手当てをしていくかが大事」とも述べ、弱者に対する配慮も見せたとのことです。

 また、「貧困層が増えているという認識はあるか」との質問(社民党の福島党首)に対しては、首相は「ますます増えているとの認識はない。どの時代でも成功した人と成功しない人がいる」「貧困層をなくす対策と同時に、成功をねたむ風潮や能力のある人を引っ張る風潮は厳に慎んでいかないと、社会の発展はない」と答弁したとのことです。

 首相サイドはこれまで「格差はさほど生じていない」との見解を示していましたが、「格差はかなり生じているのではないか」との意見が与党内にも相当数あり、首相サイドもその点をある程度認めざるを得なくなったのでしょう。(それが今日の発言の背景でしょう)
 これまでの姿勢は基本的に維持しつつも、(首相なりの尺度でですが…)世間への配慮も示し、自らの方針への理解を求めたといったところでしょうか。

(以下、私の個人的かつ抽象的な意見です)
(1) 経済格差が生じることは、「ある程度はやむを得ないこと」と思っています。(「良いこと」とも「悪いこと」とも言えません)

(2) 「ある一定の目標を掲げ、それを達成するための努力を(法令・公序良俗に反しない範囲で)行い、目標を達成できた人」のことはねたむべきでないと考えます。
 ねたむ暇があれば、自分も同じように努力すれば良いことです。
 一方で、その目標が自分にとって「価値のないもの」であれば、成功した人を見てもねたむ理由にはならないでしょう。

 ただし、上記(1)(2)には、下記(3)(4)が満たされることが大前提であると考えます。

(3) 努力が報われずに苦況にある人に対しては、再挑戦の機会をふんだんに提供すべきと考えます。(政府も民間も)
 「勝ち組」「負け組」を固定してしまうような状況は、(新しい自民党の目指す)「競争主義社会」にとっても(社民党・共産党の目指す)「平等主義社会」にとってもふさわしくないでしょう。

(4) 努力の意志がありながらも、それができない状況にある人に対しては、障害となっているものを取り除き、努力できる状況を作り出すための手助けを行うべきと考えます。(政府も民間も)
 このような立場の人々を「可哀想な人」「保護してやるべき人」として見るのではなく、「このような立場の人々が尊厳を保ちながら自立できるよう」応援・支援を行うのが良いと考えます。

(5) 「勝ち組」「負け組」の基準は、必ずしも一意的には定められないと考えます。
 「分野はともかくとして、莫大な収入を得る」こと、「収入は普通でも、ある分野の第一人者になる」こと、「目立たない仕事でも地道にこなし、縁の下の力持ちとしての役割を全うすること」など、目標とするものは人によりそれぞれ異なっていて良い考えます。
 そして、それらの目標が達成できた人(自分自身で満足できた人)が「勝ち組」であると考えます。(周囲の評価は重要ではありません)

 上記(1)(2)に関しては、私も小泉首相の意見と大きくは違わないようですね。
 あとは、小泉首相やその後継者が、(3)(4)のための対策を(口先だけではなく)いかに実行してくれるか、しっかりと見守っていきたいと思います。
 更に欲を言えば、(5)のような考え方についても理解を示してくれると嬉しく思います。
posted by たーしー at 09:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月16日

道州制区割り案

 1/15の各紙報道によると、道州制の区割り案が3つほど、地方制度調査会(首相の諮問機関)の小委員会にて13日に提案されたとのことです。
 今後はこれらの案を軸に最終調整を行い、(2月下旬に予定されている)首相への答申へも、複数の案が盛り込まれるとのことです。

 これらの案はいずれも、現在の都道府県を8〜11の道州へ再編し、北海道・沖縄以外の都府県を地域ごとに併合するものとなっています。(東京については、単独の道州にする案と、関東ブロックに併合する案の2通りがあります)
 地方公共団体の階層は(現在と同様に)道州と市町村の2層制となりますが、道州には現在の都道府県よりも強大な権限を付与し(国の権限を委譲し)、地方分権を進める狙いとのことです。

(以下、私の意見です)
・ (まず最初に)私は、道州制の導入に賛成です。
→ 「都道府県の数を減らして行政のスリム化を進める」ことと、「道州に国の権限を委譲して地方分権を推進する」ことの双方に賛成するためです。

・ 関東地域は、南北で別個の道州にすべきと考えます。
→ 関東地域は特に人口が多いため、複数の道州に分割した方が、他地域とのバランスがとれると考えるためです。

・ 「8都県市」(首都機能所在地を自認する自治体首長の集まり)を形成している東京・埼玉・千葉・神奈川は、同一の道州にすべきと考えます。
→ 上記2点を勘案すると、「9道州」案がベストと考えます。

・ もし、どうしても東京のみを独自の道州にする場合には、23区地域と他地域(多摩・島しょ)を分離すべきと考えます。
→ 23区地域を独自の道州(または政府直轄市)とし、他地域は南関東へ編入するのが良いでしょう。
 多摩・島しょ地域は東京都に属していますが、これらの地域の立場は(8都県市を形成する)県の市町村と大差ない(23区とは同列に論じ難い)と考えられるためです。
→ 水道ネットワークなど、分割・再編が大変そうなものについては、東京と南関東を一体とした体制を検討した方がよいでしょう。

・ 九州と沖縄は同一の道州にしても良いのでは?…と考えます。
→ 「地理的・歴史的な特性を考えると別個の道州に…」ということなのでしょうが、沖縄だけでは規模が小さすぎて、「弱小道州なので荷が重すぎる」的な場面が多く出てくるのでは…と懸念するためです。
posted by たーしー at 21:19| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(1) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月25日

皇室典範改正の方向性固まる

 皇位継承権の見直し方向性を検討する「皇室典範に関する有権者会議」の最終報告書がこのほど、首相に提出されました。
 最終報告書では、「女性・女系天皇の容認」「皇位継承順位は男女にかかわらず直系長子優先」という方向性が打ち出されています。
 今後は政府が、この最終報告書に基づき、皇室典範改正法案を国会に提出することとなります。

 このブログでも以前触れたとおり、私はかねてから「皇位継承権に関する男女差別撤廃」を支持しており、今回の最終報告書がその通りの方向性でまとまったことを心から歓迎しています。
 (皇室典範の改正法が、今回の最終報告書通りの内容で1日も早く成立することを、切に願っています。)
 ただ、現状ではこの件に関して様々な意見があるのも事実です。
 改正法の成立を急ぐあまり、審議を強引に進めて将来に禍根を残さぬよう、議論は必要かつ十分に行い、できるだけ多くの人々の納得を得るような努力が必要でしょう。
 (もちろん一方で、改正法の成立に反対するあまり、審議をいたずらに引き延ばすようなこともあってはならないと思います)

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☆関連過去ログ… 7/5の政治・経済ネタ8/31の政治・経済ネタ
posted by たーしー at 17:08| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(2) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月18日

小泉首相の靖国神社参拝

10/18以降の各紙報道
 小泉首相が10/17に靖国神社を参拝したことに対して、(特に国内保守派から)支持する声がある一方で、(特に中国・韓国から)強い反発の声が出ています。(予想通りの反応と言ってしまえばそれまでですが…)
 首相が靖国神社を参拝することに対しては、おおむね以下のような意見があります。

(1-1) 「国を守る戦いのために命を捧げた人々の霊を慰めるのは、国の最高指導者として当然の努めだ」
(1-2) 「悲惨な戦争で亡くなった人々の霊を慰めるのは、国の最高指導者として当然の努めだ」
(1-3) 「靖国神社は"国に殉じた"人々しか祀っておらず片手落ちだ。戦争犠牲者全てのために無宗教の国立慰霊施設を作るべきだ。(神道信者以外の人々が慰霊しやすくするためにも…)」
(※ これについては、記事末尾の追記を参照願います)

(2-1) 「靖国神社参拝はあくまでも国内問題であり、他国がそれを批判することは内政干渉に当たる」
(2-2) 「我が国の侵略戦争による被害国が反発している以上、(A級戦犯が合祀されている現状では)参拝すべきではない」
(2-3) 「我が国の侵略戦争による被害国が反発している以上、(永久に)参拝すべきではない」

(3-1) 「我が国は神道が伝統的な宗教であり、首相が神道施設を参拝することは望ましい」
(3-2) 「首相といえども信教の自由はあり、私的な参拝については問題ない」
(3-3) 「首相は公人であり、私的な行為でも"公的"と見なされやすいので、(無宗教の国立慰霊施設がない現状では)参拝すべきではない」
(3-4) 「首相は公人であり、私的な行為でも"公的"と見なされやすいので、(永久に)参拝すべきではない」

 (1-1)と(3-1)は少々極端な意見かもしれませんが、それ以外の意見については恐らく大多数の人が「一理あるな…」と感じることでしょう。
 ちなみに私は基本的に、(1-3)(2-3)(3-3)の意見です。
 ただ、中国・韓国が(領土問題等で)あまりにも身勝手なことを言ってきたときなどは、(2-1)の意見を多少持ってしまうこともありますが…

 首相が今後、靖国神社参拝を取りやめたところで、中国・韓国の両政府が我が国への批判的な姿勢を緩和するとは必ずしも言えないでしょう。(別の懸案事項を持ち出し、我が国へ引き続き揺さぶりをかけてくる可能性もあるでしょう)
 ただ、このまま首相が参拝を続けていけば、中国・韓国が更に態度を硬化させてくる可能性はあるでしょう。(両国の政府・国民にとって、靖国神社は侵略戦争の象徴なので…)
 首相といえども信教の自由はあり、個人的な信仰・信念を守ることはもちろん結構でしょう。
 ただ、それを無理に押し通したがために日中・日韓関係をいたずらに悪化させ、国家・国民に不利益を及ぼすことになってしまっては、一国の指導者として大失態と思われます。
 もちろん、中国・韓国にこびる必要はありませんが、相手の気持ちを少し読んであげることは必要と思われます。

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(※2006.8.15追記;(1-3)について)
 上記の記事を書いた時点では把握していなかったのですが、靖国神社には一応、一般の戦没者などを祀る施設があります。(「鎮霊社」といい、1965年に作られました)
 ただしこれはあくまでも、本殿に祀られていない人々を祀るための施設であり、靖国神社の慰霊対象が「軍人・軍属」にほぼ絞られているという本質は変わらないといえます。(一般人が鎮霊社を参拝できるのも、毎年7/13の例祭日のみ)
 また、神道形式での参拝が前提となっているため、神道信者以外の人々の慰霊を難しくしているという状況も変わりません。
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(関連記事)
終戦61周年(2006.8.15の記事)
posted by たーしー at 22:22| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月18日

民主党新代表決定

 先日の総選挙での民主党大敗を受けて岡田代表が引責辞任したことに伴い、前原誠司氏が新代表に選出されました。
 新代表選出は、党所属の国会議員ほぼ全員(192人)による投票により行われ、菅直人元代表と前原氏の2人が立候補し、2票差で前原氏が勝利を収めました。

 今回の新代表選出には時間的余裕がなく、当初は幹部の話し合いによる選出も検討されていました。
 しかし、変革の姿勢を党内外に示していくためには、「密室での話し合い」はマイナスとなることでしょう。
 その意味でも、選挙による選出を行ったことは正しい選択だったと思います。
 (基本的には、一般党員にも投票権を与えて大々的に選挙をやった方が良いのでしょうが、今回は時間がなかったので、投票権を国会議員に限ったこともやむを得ないでしょう。)

 前原新代表は今後の方針として、「しがらみにとらわれないで改革を進める」「重要政策に対する党内の意見の違いを放置せず、きちんと議論して集約する」「重要政策には(与党案に対して)対案を出す」ことなどを掲げています。
 先日の総選挙の敗因が「支持団体等のしがらみにとらわれて、改革姿勢を十分に示さなかった(郵政民営化法案も対案を出さなかった)」ことにあると指摘されていることを考えれば、前原新代表の方針は党再生のために非常に重要といえるでしょう。

 自民党は今回の総選挙で圧倒的多数を獲得し、公明党と合わせれば2/3以上の議席を占める「巨大与党」となっています。
 野党各党(特に第1党)は、与党の暴走を防ぐという重要な役目を担っており、その役目を果たすには「重要政策に対する対案をきちんと出す」ことが最も有効な手段となりえます。
 野党第1党である民主党が今後、重要政策に関して説得力ある対案を示し、巨大与党の暴走を防げるか否かで、次回の総選挙の結果もだいぶ異なってくるものと思われます。(きちんとやれれば政権獲得も夢ではないでしょうし、逆に今まで通りならば、更に衰退する可能性もあるでしょう)

 支持団体(労働組合等)との関係は是々非々主義で良いのでは…と、私は思います。
 (かくいう私も労働組合に加入する一人ですが、組合指示ではなく、自らの判断で投票政党を決めています。組合指示と自らの判断が偶然一致することは多々ありますが…)
 民主党としての政策方針を貫いたがために支持団体がそっぽを向いても、一般国民の多くがその政策を支持してくれれば、トータルでは損にならないものと思われます。

 政策に関してですが…(抽象的なコメントですみません)

 まず最初に、目指す社会のあり方について。
 民主党はどちらかとうと「福祉や教育にはしっかり金をかける、弱者にも優しい社会」(ヨーロッパ型?)を目指しているようです。(前原新代表も菅元代表も同じような意見のようです)
 自民党はどちらかというと「強者に優しい自由主義社会」(アメリカ型?)を目指しているので、これらは民主党・自民党の有力な対抗軸となりうるでしょう。
 (私はヨーロッパ型社会の方が望ましいと考えますが…)どちらの社会システムにもそれなりの長所はあるはずなので、両党には切磋琢磨して、よりよい政策を打ち出してもらいたいと思います。

 もう一つは、憲法改正問題について。(私も最も関心を持つ案件の一つです)
 前原新代表は「9条第2項を削除して自衛権を明記すべき」との考えのようです。
 私もこの考えには特に反対ではありません。また、現行憲法では現状に合わなくなってきたような部分についても、それなりの見直しが必要と考えます。ただ、戦前の国家主義的な体制を復活させるような動きには決して賛成できません。
 これまでの報道を見る限り、前原新代表の考え方も私のものと大差はなさそうなので、その点はあまり心配していません。
 ただ、民主党内には憲法問題に関して幅広い意見の違いがあるので、今後は民主的かつ丁寧な議論を行い、党としての統一方針(前原新代表の考え方あたりで良いと思います)をきちんとまとめてほしいと思います。
 そして、自民党・国民新党あたりから国家主義的な改正案が出てきた場合には、公明党と野党各党で毅然と対抗してもらいたいと思います。
posted by たーしー at 16:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

選挙の投票方式

 公職選挙の開票作業のたびに問題となるのが、有効票なのか無効票なのか判定しにくい「疑問票」です。
 これは、現在の投票が「自書式」(候補者・政党名を投票者が記入する方式)により行われているために起こる問題です。

 たしか、衆議院を小選挙区・比例代表並立制とする法律が成立した当初は、衆議院選挙の投票は「選択肢式(正式名称は失念…)」により行うことになっていましたが、選挙を一度も行わないうちに法律が再改正され、自書式に戻されたものと記憶しています。

 ところで、自書式・選択肢式にはそれぞれ長所・短所があると言われています。
☆自書式
(長所)
 ・投票用紙の印刷が簡単に行える
 ・名前を書いてもらったということにより、候補者が「俺は確かに有権者の支持を得たのだ」という自覚を持てる (→ 私個人としては理解に苦しむ感覚ですが…)
(短所)
 ・疑問票が生じやすく、開票作業の手間もかかる

☆選択肢式
(長所)
 ・疑問票が生じにくく、開票作業の手間も比較的かからない
(短所)
 ・投票用紙の印刷がやりにくい(選挙公示で候補者名が決まらないと印刷できない)

 以上の長所・短所を見てみると、投票日当日以降に関しては、選択肢式のほうが優れた制度ではないかと、私は感じます。
 「開票作業の繁雑さ」や「疑問票に関わる裁判」などの事例には事欠きませんし…

 選択肢式の短所である「投票用紙の印刷の困難さ」については、「候補者番号」「政党番号」の導入によって解決可能では?…と考えます。
 これは、選挙のたびに、各候補者や比例代表政党に(届け出順に)番号を付与し、選挙の投票はこの番号により行うというものです。(番号は自書でもマークシートでも良い)
 この番号の周知についてですが、(現行制度でも投票用紙記入台に掲示されている)候補者・政党一覧表に、この番号を追加すれば問題ないでしょう。(参議院の比例代表は非拘束式名簿なので、番号が多くなる難点はありますが、大きな問題ではないでしょう)
 また、選挙公報や選挙運動の中でも、この番号を有権者に呼びかけても良いでしょう。(確か、台湾の総統選挙で似たようなことをしていた記憶があります。)

 上記の方法を導入すれば、投票用紙の印刷も余裕を持って行うことができ、選択肢式の短所がほぼ解消されるのでは?…と考えられます。
 電子投票導入の件とは切り離してでも、できるだけ早めに導入すべきと考えます。

 とはいっても、制度改正にはそれなりの時間がかかることですし、改正されるまでの間に各地で何回か公職選挙が行われることでしょう。
 投票のさいには、疑問票が生じないよう我々有権者も協力し、投票用紙記入台の候補者・政党一覧表に記載されているとおりの名称で、できるだけ見やすい字で投票用紙に記入すべきでしょう。
 「その候補者には俺なりの思い入れがあるから、その候補者の本名ではなく愛称を書いて投票するのだ。それの何が悪いのか」という意見も勿論あることでしょう。
 ただ、それが開票作業のさいに疑問票になったり、(疑問票にはならなくとも)開票作業の円滑化を妨げる原因になったりしてはまずいと、私は考えます。

☆関連記事→電子投票(7/12の政治・経済ネタ)
posted by たーしー at 12:27| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月13日

衆議院総選挙が終わって

 一昨日(9/11)に行われた衆議院総選挙では、「自民党大勝・民主党大敗」という結果が出ました。
 争点を「郵政民営化」一本にしぼった自民党の戦略が功を奏したと見る向きが多いようです。

☆今後の懸念
 今回の選挙結果を受け、自民党・公明党は郵政民営化法案の成立を急ぐことでしょう。
 私も郵政改革には特に反対ではないので、その動き自体は悪くないと思います。(具体的な改革方法は別にして、改革自体は多くの国民が支持していることでもありますし…)
 ただ、郵政民営化法案の成立後に自民党がどのような動きをしていくか(暴走する可能性はないか)、私は心配しています。

 今回の選挙で自民党は、郵政民営化のみを争点に掲げ、それ以外の問題については殆ど触れませんでした(ひたすら避け続けました)。
 「郵政民営化が最重要課題なので、最重要課題のみを争点にして選挙をたたかった方が国民にとっても親切なはずだ」という考え方が一方にはあるでしょう。
 ただ他方では「郵政民営化が最重要課題か否かはさておき、他の重要課題について国民に判断を仰がないのは誠実でない」という考え方もあるでしょう。
 前者の考え方にも勿論一理ありますが、私はどうしても後者の考え方を捨て去ることができません。(郵政改革についても、以前ほど軽視してはいませんが、最重要課題という認識はありませんし…)

 今回の選挙で国民はたしかに、自民党に絶対多数の議席を与えました。
 でもそれはあくまでも、「郵政改革に対する賛意表明」「野党のだらしなさに対する批判」であり、決して「自民党への全政策の白紙委任表明」ではないものと思われます。
 自民党が今後、郵政民営化以外の問題についても、「衆議院総選挙で自民党は国民から絶対的な支持を受けた。よって自民党の思うがままにやらせてもらう」などと言い出さないよう、野党各党や我々国民は今後、自民党をしっかりと監視していく必要があると考えます。

☆連立政権について
 私は基本的に、ある一つの政党による単独政権が理想的であると考えています。
 ただしそれは、「党内で民主的かつ徹底した議論を積み重ね、その結果できあがったマニフェストを国民に示して選挙を戦った」という前提が成り立つ場合の話です。
 今の自民党を見ている限り、まだまだその前提が成り立っている状況には思われないので、次善策として、自民党・公明党の連立による相互抑制(暴走防止)を期待する次第です。(私は公明党支持者ではありませんが…)
 郵政問題だけを語っていた自民党に対し、公明党は他の問題についてもそれなりに触れていたためです。また、「勝ち組」一辺倒の自民党に対し、公明党は弱者への配慮もある程度は感じられるためです。

☆今回の選挙のプラス面
 これまでは批判的なことを書いてきましたが、今回の選挙のプラス面にも触れてみようと思います。

 それは、「地盤に頼らない選挙」が数多くの選挙区で行われたという点です。
 今回の選挙では、当該選挙区とはこれまであまり縁のなかった候補者(いわゆる「落下傘候補」)が多数立候補し、かなり当選しました。(イギリスでは落下傘候補が当たり前だそうですが…)
 そもそも国会議員は「国民の代表」であり、「特定地域のためだけの代表」ではないはずです。
 ところがこれまでは「特定地域のためだけの代表」という意識が強く、「国民の代表」という意識が弱い…というのが実情でした。
 今後は、日本でも落下傘候補が当たり前となり、「地元に利益を誘導してくれる先生は?」という視点ではなく「政策を実現できる党は?」という視点で有権者が投票を行うようになるといいな…と思います。
 (もちろん、地方分権がしっかりと進められ、地元のことは地方公共団体でしっかりとできるような体制を作ることも必要ですが…)

☆私の選択
 最後に、私が投票日に取った選択ですが…

 衆議院総選挙は、小選挙区も比例代表も民主党に投票しました。
 私は特に民主党を支持しているわけではありませんが、「他の党よりはましかな…?」という消極的な理由で、結果的には最近、民主党に投票し続けています。
 今回民主党が大敗したのは残念ですが、ある意味しかたないかな…とも感じています。
 次回の選挙までにはしっかりと足元を固め、いつでも政権交代できる体制を整えてほしいと思います。
 (いつ政権交代になるか分からない…という危機感が、与党・野党双方のマンネリ化を防止できますし…)

 最高裁国民審査は、2人の裁判官に「×」印をつけました。
 「×」をつけるか否かについては、前日夜まで大いに悩み続けましたが、重要問題に関して、回答を避けたり、「司法ではなく立法の問題」と回答した項目の多い裁判官を選んで「×」印をつけました。
posted by たーしー at 16:03| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月08日

最高裁裁判官国民審査

 9/11に行われる衆議院総選挙では、最高裁裁判官の国民審査も併せて行われます。(対象者は6名)
 昨日(9/7)には、今回の総選挙の選挙公報が新聞に折り込まれて(一部地域では郵便受けに直接入れられて)配布されましたが、この中には、国民審査公報も一緒に入っています。

 国民審査はとかく総選挙の陰に隠れがちですが、現段階で国民が司法に関われる唯一の機会でもあります。
 審査対象となる裁判官がどのような意識で職務に取り組み、また、これまでにどのような判決を出してきた(意見を述べてきた)か、しっかりと把握した上で、"×"をつけるか否かを判断したいと考えました。
 (そうしないと、審査を受ける裁判官に対しても失礼ですし、我々国民の権利をきちんと行使したことにもならないと考えたためです。)
 ということで私も早速、国民審査公報や、昨日の朝日新聞でのインタビュー記事などに目を通しました。

 選挙前なので、裁判官一人一人に対するコメントは差し控えますが、現段階では、"×"をつけるか否か迷っている裁判官がほとんどです。
 「個別の判決・意見を見ると、"×をつけるに値するぞ…"と思う半面、これまでに出してきた判決・意見を全体的に見渡してみると、"×をつけるのはちょっと行き過ぎかな…"と思う」ような裁判官もかなりいるためです。

 あと、インタビューへの回答を差し控えている裁判官が多いのも気になりました。
 重要ポイントと思われる質問について回答しないのは、国民への判断材料の提示を拒んでいるものとみなし、私としては"×"をつけるための重要な要素にしたいと思います。

 何はともあれ、投票日はあくまでも9/11なので、あと数日、さらに熟慮して投票に臨みたいと思います。

 ところで、審査方式については改善の必要がありますね。
 現行制度では、「やめさせたい裁判官には"×"をつけ、やめさせなくてもよい裁判官は無記入とする」方式をとっています。
 これでは、積極的にその裁判官を信任していなくとも、積極的な信任と同様の扱いになってしまうおそれがあります。(国民審査制度の形骸化につながっているとの指摘もあり)

 「国民審査制度は形骸化しているので廃止すべき」との意見もあるようですが、それでは司法が国民から更に遠い存在になってしまうおそれがあります。
 「形骸化しているから廃止する」のではなく、「形骸化している状況を改め、実効性を高める」ための取り組みが必要と思われます。
 今後は、「やめさせたくない裁判官には"○"をつけ、それ以外の裁判官は無記入とする」のように制度改正すべきと思われます。

 また、上記のような制度改正を行えば、裁判官にも危機感が生まれ、国民の側に立って職務を遂行するようになるでしょう。

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 9/9に、末尾部を一部修正しました。
posted by たーしー at 12:32| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月31日

皇位継承制度改正論議(続編)

 今回は、7/5の政治・経済ネタの続編です。

 読売新聞の8/31報道によれば、首相の諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は8/31に会合を開き、「現行の皇位継承制度の見直しについて、旧宮家の皇族復帰等の方策をこうじた場合でも、皇位継承の安定性の面で非常に懸念が残る」との意見で一致したそうです。
 これにより、女系・女性による皇位継承も認める案を軸に、今後の検討が進むことになりそうです。
 ちなみに次回の会合(9月開催)では、皇族の範囲や皇位継承順位について議論される予定とのことです。

 「女系・女性による皇位継承が我が国の伝統に反する」という意見が根強く存在するのも事実ですが、一方では「旧宮家の皇族復帰が国民の理解・親近感を得にくく、また、我が国の伝統にも反する」という意見もあり、5・6月の識者ヒアリングでは後者のような意見も相次いだそうです。
 私としては(7/5にも述べたとおり)、「女系・女性による皇位継承もどんどん認めるべき」という意見なので、今回の動きを歓迎しつつ、今後の議論を見守っていきたいと思います。
posted by たーしー at 23:17| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月14日

民主集中制の普及?

 「民主集中制」〜今回の解散・総選挙の動きを見ていると、この言葉が私の頭に浮かんできます。(現時点では、政治家やマスコミはほとんど使っていないようですが…)

 「民主集中制」とは、「いったん決定した事項に関しては、個人は組織に、下位は上位に無条件に従う」という原則だそうです。
 これまでは共産党がこの原則を前面に打ち出しており、党内の批判勢力を排除(除名)する際の根拠に用いてきました。
 また、多くの他党は共産党の体質を批判する際に、この「民主集中制」を持ち出していました。

 自民党は今回の総選挙で、郵政民営化法案に反対票を投じた議員を公認せず、また、当該議員が立候補する選挙区には(郵政民営化に賛成する)対立候補を擁立する方針を打ち出しています。
 要は、「政党として、最重要課題に関する方針を統一すべき時に、その方針に反する人物は排除しなければならない」「最重要課題に関して、有権者に対して選択肢を与えなければならない」ということなのでしょう。

 ちなみに民主党でも、「党のマニフェストに賛同することを誓約する」ことを公認の条件とし、また政権獲得後には、中央省庁の局長以上の官僚についても、内閣の政策に協力しない人を更迭する方針を打ち出しています。

 これらの方針を見て私は、「民主集中制の原則がついに自民党や民主党にも受け入れられつつあるのか…」という感想を抱いています。
 民主集中制の原則が正しいと言い切れるか否かについては賛否両論あるでしょう。私も、賛否のどちらか一方が完全に正しい(間違っている)とは言い切れません。
 ただ、「党内で民主的な議論が行われ、その結果決定した政策・方針である」という前提が成り立つのであれば、民主集中制は有権者にとって分かりやすい原則なのでは?…と考えます。(特に我が国は議院内閣制であり、実質的に政党単位の政治なので…)

 郵政民営化に関する自民党のこれまでの動きを見ていると、「党内議論を民主的かつ十分に行わなかった」という点では小泉首相サイドに落ち度があり、「党全体として小泉氏を総裁・首相に選出しながら、小泉首相の最重要政策に公然と反対した」という点では反対派議員に落ち度があるのでは…と考えられます。
 (ただ私は、郵政民営化をさほど重要な政策とは認識していない(賛成でも反対でもない)ので、「大したことない話でお互い何をムキになっているのか…」という気持ちも多少ありますが…)

 今後はどの党でも、重要政策に関しては(民主的かつ十分な党内議論を行った上での)民主集中制を尊重していってもらえれば…と思います。(決して、共産党の考え方に共鳴しているわけではありませんが…)
 (重要政策に関する議論の過程で党内の意見がどうしても一本化できないというのであれば、その際には分党・再編もやむを得ないでしょう。)
posted by たーしー at 11:26| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月07日

組織問題と問題意識

 「"蟻の一穴"にこだわる組織こそ事故を未然に防ぐ」というタイトルの論文が、"PRESIDENT"(2005年7月18日号)に掲載されていました。
 (最新号ではなく、書店にはもう並んでいないことでしょうから、本文コピーを載せておきました。)
 この論文は「安全を堅持する組織のあり方」について論じているもので、JR福知山線の事故原因の一つに"現場組織"の問題があったのでは…と指摘しています。

 全体的な流れとしては、「小さな問題も見過ごさずに潰していくことが大切だ。さもないと問題が次第に大きくなっていって事故につながる恐れがある」ということが述べられており、私もこの点についてはさほど異論ありません。
 ただし、(以下の(1)(2)のような)現場部門に対する偏見や、JR西日本における組織運営の実態をあまり考慮していないと思われる点が目についたのが気になりました。

(1) この論文の後半には「問題を計数化して把握していない現場組織」「些末なルールを守るのは馬鹿らしいなどとうそぶいている現場ではダメだ」「細かいことを言う経営管理者にたてつく現場のベテラン」という主旨の記述が並んでいます。
(2) 「些末なルール違反を上司に報告しない」という職場体質の原因を、現場部門側のみに求めるような記述も多く見られます。

 確かに現場部門は現場部門で、上記(1)(2)のような悪しき体質を抱えている面も否定しきれないでしょう。
 ただ一方で、現場部門のみを一方的に悪者扱いしてしまうのも、あまりフェアではないな…という思いを禁じ得ません。
 現場部門からの視点で(1)(2)を見れば、以下(1)'(2)'のような反論ができるでしょう。(勿論、これも一方的な見方かもしれませんが…)

(1)' 「本社組織・経営管理者はどの程度、問題を的確に計数化して把握しているのか?」「些末なルールの一つ一つについて、(遵守させるに値する)重要性・実効性などの検証は的確にできているのか?」
(2)' 「本社組織・経営管理者が冷静かつフェアな態度で報告を受けてくれないから、現場部門も些末なルール違反・トラブルを報告しなくなるのだ」

 ところで、JR福知山線の事故原因についてソフト面から論じる際には、JR西日本における問題点(以下(3)(4))が前提として忘れられないでしょう。

(3) 「遅延回復が事実上困難な、余裕のないダイヤ編成だった」「遅延発生時には懲罰を行うことをちらつかせ、事実上の無謀運転を強要していた」
→ 速度超過等のルール違反をせずに達成することが極めて困難なノルマを、現場部門に課していた。
(4) 「上司と部下の信頼関係・意思疎通が不足していた」

 (3)のような状況では、ルール違反をしたりノルマが未達成だったからといって、懲罰を科すことはフェアとは言えません。
 また、(4)のような状況では、理不尽な懲罰を恐れ、必要な報告が現場部門から本社部門・経営管理者へ上がっていかないでしょう。
 通り一遍の職務ならば職務命令により強制的に実行させることもできなくありませんが、信頼関係がなければ、部下はそれ以上積極的に動こうとは思わないでしょう。

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 この論文の筆者は大学卒業後、一貫して大学の教員を務めてきており、専門分野も商学ということです。
 したがって、現業系の職場や、そこで働く職員の気持ちには疎く、どうしても経営管理者サイドの論理で物事を考えてしまうのでしょう。
 この筆者ははっきり言ってしまえば"門外漢"なので、それでも大した影響はないかもしれません。
 ただ、実際に(現場を持つ)企業等で経営・管理に携わっている人々が、この筆者と同じような感覚を持っているとしたら、それは問題があるでしょう。(本社部門・経営管理者と現場部門との間に溝を生じさせ、最悪の場合にはJR西日本の二の舞になってしまう恐れがあるので…)

 同じ問題に対しても、それぞれの部門によって考え方に違いがあり、そのうちのいずれか一つだけが絶対的に正しい(間違っている)ことは滅多にありません。
 (自部門の考え方をしっかり持ちつつも)他部門の考え方を尊重し、お互いの良い面は自分の部門にも取り入れていこうという発想も必要かもしれません。
 
 ちなみに私は現在の組織に就職して以来、出先事業所(事務所・現場とも)と本部組織の3つを渡り歩いてきました。恐らく今後もそうなるでしょう。
 それぞれの部門の実情や考え方を学び、視野を広げるための好機会でもあるので、日常業務を通じてそれらをしっかりと学び、将来に役立てたいと思います。
posted by たーしー at 22:24| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月06日

被爆60周年

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/atomic_bomb/(→Yahoo!ニュースの原爆関連記事です)

 今日(8/6)は、広島に原爆が投下されてからちょうど60年となる日でした。
 広島では毎年8/6に記念式典が行われていますが、今年の記念式典はやはり"大きな節目"ということで、ちょっと特別な意味合いを持ったのではないでしょうか。
 それと関連してか否かは知りませんが、広島市の秋葉市長は今年の平和宣言で、「来年(2006年)8/9の長崎原爆忌までを"継承と目覚め、決意の年"として、ヒロシマの原点に立ち返って、核兵器廃絶と世界平和実現のため、ひたすら努力し続けた被爆者の志を受け継ぐ」旨を表明したそうです。

 これまでは"被爆地"というとどうしても、(1番目の被爆地である)広島が真っ先に人々の頭に浮かび、(2番目の被爆地である)長崎は、広島の陰に隠れがちな雰囲気がありました。
 それだけに、広島市長が今回「被爆地は広島だけではないんですよ」ということを率先してアピールしたことを、私は評価しています。

 ところで私は昨年(2004年)夏に、広島の平和記念公園・原爆資料館に行ってきました。
 過去にも何回か行ったことがありましたが、昨年のは久しぶりの訪問であり、資料館の展示内容もある程度変わっていました。
 私が資料館に初めて行った当時(1993年頃)は、生々しい写真・標本・闘病記録資料等の展示はあまりなかったと記憶していますが、昨年行った時には、それがかなり増えていたような気がしました。

 それらの生々しい展示物の中には正直なところ、あまり直視したくないものもありました。(今でもそれらを思い出すと、恐ろしくて眠れないことがあるほどです。)
 それでも私は、それらの展示物から目を背けず、しっかりと直視してきました。
 それらの展示物は決して"でっち上げ・偽物"ではなく、原爆投下という事実によってもたらされた"本物の被害証拠"です。
 「核廃絶がなぜ必要なのか」ということを本当の意味で理解するには、本物の被害証拠をしっかりと目に焼き付けることが必要不可欠であると考え、辛いものでもあえて直視してきた次第です。
 そして、(被爆のことを思い出すのも辛いであろう中で)様々な資料を提供した被爆者の皆さんに、心から敬意を表す次第です。

 資料館を見た後には、平和記念公園にある韓国人被爆者の慰霊碑にも行ってきました。(こちらにも何回か行ったことがあります。)
 この慰霊碑は諸事情により、当初は公園の敷地外にありましたが、最近になって敷地内に移設されました。
 「原爆投下当時、韓国が日本の植民地支配下にあり、韓国人被爆者の多くも(本人の意志と無関係に)日本に連れてこられて被爆してしまった」という経緯を考えると、慰霊碑が公園の敷地外にあるのは気の毒だな…と思えてなりませんでしたが、公園内に移設できてよかったと思っています。

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 ちなみに私は、長崎の原爆資料館には10年近く前に1回行ったきりですが、機会を見て再び行ってみたいと思います。
posted by たーしー at 23:38| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(3) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月23日

郵政民営化法案の審議

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/postal_services/(Yahoo!ニュースの郵政民営化トピックス)

 衆議院で僅差にて可決され、現在参議院で審議中の郵政民営化法案ですが、自民党からの反対票の票読みが盛んに行われているようですね。
 例によって、この件に関する私の意見ですが…

☆郵政民営化そのものについて
 郵政民営化そのものについて、私は賛成とも反対とも言い切れません。
 ただ、郵政公社が発足してまだ2年ほどしか経っておらず、郵政公社としての経営改革の成果がはっきりとは見えていないので、今すぐ急いで民営化する必要はあるのかな?…という印象は受けています。
 あと数年して、郵政公社では十分な経営改革ができなさそうだ…という様子がうかがえたら、その時に民営化の議論を行っても良いのでは…と、私は感じています。
 (郵政公社設立時にも一応は、「将来は民営化を行わない」という建前を打ち出していることですし、それをひっくり返すには、郵政公社による改革が失敗であったことを示すための根拠を示す必要があるでしょう。
 今のところ、小泉首相サイドの説明では、その点についてが今ひとつ分かりにくいという印象が否めません。)

☆政治的な側面について
 自民党ではこれまで、小泉人気にあやかって国民の支持を取り付けてきた(選挙を有利に戦ってきた)という経緯がありました。
 そして、郵政民営化などを公約に掲げる小泉氏を総裁選で当選させてきたという経緯もありました。
 それらのことを考えると、自民党の公認を受けて選挙に当選した議員が、郵政民営化法案に反対票を投じるのは筋が通らないのでは?…と思います。

 その一方で、小泉首相や竹中担当相に対しても、関係者に対する説明が不足しているな…との印象が否めません。
 (国会審議などを見ていても、相手の質問に正面から答えていないな…と感じさせられるシーンをたびたび見受けるので…)
 郵政民営化に反対する人々の中には、揚げ足取りとも思われる質問を行う人もおり、そのような質問にまでは確かに、いちいち丁寧に答えていられないでしょう。
 ただ、郵政民営化を論じる上で重要なポイントとなる事項については、たとえ内閣サイドにとって都合の悪い質問であっても、はぐらかさずに正面から答えることが必要ではないかと思います。

 揚げ足取りの質問に対しては毅然と応じる(場合によってははぐらかしてもOK)一方で、重要なポイントに関する質問については正面から丁寧に答えることが、結局は反対勢力を減らすことになるのでは…と思います。

 ところで小泉首相は、「法案が参議院で否決された場合には内閣不信任とみなし、衆議院を解散する」と表明しています。(これを対応方法(1)とします)
 小泉首相が郵政民営化を公約に掲げて自民党総裁に当選したという経緯を考えれば、対応方法(1)も間違いではないでしょう。
 その一方で、参議院での議決結果に対する責任を衆議院に求めることには、矛盾がないとは言えません。
 参議院で法案が否決された場合の対応には、他に以下の方法があるでしょう。

(2) 衆議院を解散せず、小泉内閣が総辞職する(自民党総裁も辞任)
 →反対派にとってはいちばん望ましい方法でしょうが、小泉首相は恐らくやらなさそうですね…
(3) 衆議院で再議決する。2/3以上の賛成が得て法案は可決・成立する。
 →衆議院の最初の議決でもギリギリの可決だったので、可能性としては低いでしょうね…
(4) 衆議院で再議決する。2/3以上の賛成が得られずに否決となる。
 →いちおう、"衆議院での否決"という事実が発生するので、衆議院を解散する場合には、(1)よりも大義名分が立つでしょう。

 私個人としては、(3)(4)のように、衆議院に送り返すのが一番良いと考えます。本当に賛成なのか反対なのかも見えてきますし…
 あと、今回の一連の審議を見ていて、「本当に国家国民のことを考えて郵政民営化に賛成または反対した勢力」ばかりでなく、「他の重要問題よりも"民営化"というパフォーマンスを優先した勢力」や「古い体制での既得権益護持を優先した勢力」の存在もある程度あぶり出せてきたような気がしますね。(今後、選挙で投票する際の参考にもなりそう…)
posted by たーしー at 15:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月17日

石原知事のフランス語批判発言

 「フランス語は数が数えられず、国際語として失格」
 東京都の石原知事の上記発言によって「名誉を傷つけられ、営業を妨害された」として、フランス語学校の校長らが石原知事に対し、計1050万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求める訴訟を東京地裁に起こしたそうです。(7/13)
 石原知事はこの件に対し反論を行い、発言修正の考えはないことを表明しているそうです。(7/15)
 (↓は、関連の報道・資料等です)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050713-00000105-yom-soci(読売新聞の7/13報道)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050715-00000317-yom-soci(読売新聞の7/16報道)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050716-00000018-mailo-l13(毎日新聞の7/16報道)
http://www.classes-de-francais.com/ishihara/jp/index.html(原告側のページ)

 問題となった発言は、"首都大学東京"の支援組織設立総会(平成16年10月開催)の席上でなされたもので、(教員数の削減を理由に首都大学東京の設立に反対する)フランス文学等の教員を批判する中で出てきたそうです。

 以下、この件に関して私が感じたことを述べていきます。

☆発言の背景について
 都立4大学再編〜"首都大学東京"設立に関しては、かねてから賛否両論があり、特に大学内部においては否定的な意見が強く出ていたそうです。
 (否定的な意見が出た背景には様々な側面があるらしく、一概に「大学関係者が悪い」「知事が悪い」と決めつけることは困難ですが、ここではあえて詳しく触れません。)

 都立4大学再編を重要政策に掲げてきた石原知事にとって、それに反対する勢力は煙たい存在に違いないでしょう。反対勢力を批判したい気持ちも理解できないことはありません。
 ただ、ことの本筋とは違うことについて批判・攻撃を行うのは、明らかに間違っていると思います。(反対者を批判するのならば、反対行動・思想自体に関する批判のみを理論整然と行うべきであって、反対者個人の人格や研究対象などを感情的に攻撃するのは筋違いと思われます。)
 石原知事のこれまでの発言を振り返ってみると、今回の件に限らず、上記のような感情的発言がしばしば目につき、気になっています。(石原知事が有力政治家で、影響力の大きい立場にあるということを考慮すると…)

 私は、石原知事の政策そのものには必ずしも反対していません(沖ノ鳥島対策など、賛同できるものもたくさんあります)が、政策決定手法や発言内容に問題が少なからずあるように思えてなりません。
 石原知事が今後もこのような調子でトラブルの種をまき続け、本当に"裸の王様"にならないことを願う次第です。

 ただ一方で、今回の件で原告となったフランス語関係者にも、もう少し冷静な対応をしてもらえれば…と感じています。
 (謝罪広告の要求は理解できますが、「損害賠償を求めるほどのものかな…?」と、私は感じています。)

☆フランス語について
 石原知事は7/15の会見で「フランス語は(英語・中国語などと異なり)簡略化・平易化の努力がなされていないのが残念だ」→「今回の件に関する文句はフランス政府に言ったらいい」という主旨の発言をしたそうですね。(読売新聞の7/16報道を読む限り、そういう主旨に読めました)
 (私の解釈が間違いないとすれば)「これも大変なお門違いだな…」と感じずにはいられません。

 「それぞれの言語の合理化等に関することは、その言語を母国語としている民族が検討する権利を持っているのであって、他の民族がとやかく言うべきものではない」というのが、私の基本的な考え方です。
 例えば、「日本語は仮名と漢字の両方を使っていて大変だからローマ字だけを使うべきだ」「日本語は用言活用が複雑だから簡略化すべきだ」などと外国人に言われたら、殆どの日本人は「余計なお世話だ」と感じることでしょう。
 それと同様に、「フランス語は数詞が複雑だから再構築〜簡略化すべきだ」などと日本人に言われたら、殆どのフランス人は「余計なお世話だ」と感じることでしょう。
 (「フランス語には国際語としての役割があるので、日本語とは同列に論じられない」との考え方も確かにあるでしょう。ただ国際語といえども、それを母国語とする民族に合理化の主導権があるものと思われます。
 多くの外国人が「国際語として使いにくい」と感じたならば、次第に使われなくなっていくのも一種の自然淘汰でしょう。フランス人自身がそれに危機感を抱いたのならば、フランス人の意志によって合理化を行えばよいことです。
 反対に、「フランス語の伝統を曲げたくない」とフランス人が感じたのであれば、国際語の看板を下ろすのと引き替えに伝統を守ればよいことです。)
posted by たーしー at 14:59| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月12日

電子投票

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050708-00000109-mai-pol (→毎日新聞7/9の報道です)

 岐阜県可児市の市議選(平成15年7月実施)で発生した電子投票のトラブルを巡り、一部住民が選挙無効確認を求める訴訟を起こしていましたが、最高裁で先日、選挙を無効とする判決が出ました。(これにより現職議員は全員失職し、再選挙となります。)

 電子投票は地方選挙にて導入が認められており、これまでに10自治体において13回の選挙が実施されてきました。
 トラブルは、軽微なものを含めると9件発生しているとのことで、このうち3件(今回の件を含む)については有権者から選管に審査申し立てがあり、2件の訴訟が起きたとのことです。

(以下は、今回の件に関する私の意見です。)

 今回の最高裁判決を受けて、「なぜ十分なトラブル予防策を講じなかったのか?」「公職選挙のような重要な場面には、不確実性の多い電子投票は向かないのではないか?」といった、否定的な意見が多く聞かれます。
 それらの意見は確かに、間違ってはいないでしょう。選挙における投票は我が国の間接民主主義制の根幹をなすものであり、信頼性に問題のある投票システムは絶対に認められないと、私も考えます。
 ただ私は、否定的な見解のみで片付けてしまうのはあまりにももったいないな…とも感じています。
 これらのことについて、以下でもう少し詳しく述べていきたいと思います。

 (電子投票システムに限らず)電子機器・通信システムは、負荷の重い状態で使用すると、机上での想定を超えたトラブルが発生するリスクがかなり高くなります。
 電子機器・通信システムは、精密部品やソフトウェアを多用しているため、目に見えない構成要素が多く、トラブルの事前予測・発生時対応・事後検証がかなり難しい傾向があります。
 電子投票システムにしても、机上でリスク検討を行った上でシステム設計を行い、小規模な実験(模擬投票)での検証結果をもって「システムに問題なし」と判定し、いきなり本番の公職選挙で実用に供するのは、かなり無理があるのでは…と、私は考えます。

 ただ一方で、「システムに不安があるから使うべきでない」といってしまっては、永久に進歩はないでしょう。
 欠陥のないシステムを構築するためには、既存の(あるいは設計したての)システムに潜む欠陥を最大限に洗い出し、それらの欠陥を一つ一つ潰していく他にありません。
 欠陥を最大限に洗い出すためには、実用に供する時と同規模の実験を行う必要があります。(前述の通り、机上検討や小規模実験では発見できない欠陥が多数ありうるためです。)

 そうはいっても、実用に供する時(=本番の公職選挙)と同規模の大がかりな実験(=模擬投票)を行うことは事実上困難でしょう。
 そこで一つの案なのですが、何かしらの人気投票・アンケートの類を実施する時に、電子投票システムを使ってみてはいかがでしょうか?(「不謹慎ではないか」とのお叱りを覚悟の上で、あえて提案します)
 大都市の繁華街で大がかりな人気投票・アンケートを実施し、それを一気に集計すれば、かなり効果的な大規模実験が行えそうな気がします。
 当然、通常の方法による人気投票・アンケートに比べれば、遙かにコスト・手間がかかるでしょうが、公職選挙より重要度の低い場面で大規模実験が行えることを考えれば、決して無駄な投資ではないと思われます。
 (電子投票システムを使用した場合の費用については、通常の方法で行った場合との差額を、思い切って行政が補助してしまっても良いのでは?…と、私は考えます。小規模な模擬投票よりは遙かに実験成果が得られると思われるので)

 電子投票は現行の自書式投票に比べ、投票時の誤記リスクがなく、また、開票作業も容易かつ迅速に行えるので、信頼性の面でリスクがなくなれば、きわめて優れた投票システムになると思われます。
 今はその"信頼性リスク"を洗い出し、解決していくべき段階にあるものと思われます。
posted by たーしー at 22:54| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月11日

憲法の義務規定増加

 自民党の改憲草案のたたき台となる「改憲要綱」が、自民党新憲法起草委員会の幹部会(7/7開催)で了承されました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050708-00000013-maip-pol

 具体的な内容については↑の記事を参照いただくとして、ここでは、憲法改正案の議論ポイントの一つである、「国民の義務規定の増加」について考えていきたいと思います。
 (今回の改憲要綱では、これまでに党内で出されていた義務規定案よりもやや少なめ・控えめになっているようですが…)

 国民の義務規定を増やすことの目的としては、「権利主張のみが重視され義務が軽視されがちな、現在の風潮を是正する」「国民の行為規範としての役割を憲法に期待する」こと等が挙げられています。
 その一方で、「憲法規範の主たる名宛人は公権力であって、一般国民に義務を多く課すべきではない」「憲法に義務規定を増やしても問題解決にはならない」との指摘も存在します。

 ところで、現在議論されている主な規定項目としては、「家庭・共同体を尊重する義務」「国防の義務」「(一般国民が)憲法を尊重・擁護する義務」「環境を保護する義務」「投票の義務」などがあります。
 これらの項目について、私なりの意見を述べていきます。

「家庭・共同体を尊重する義務」
 これについては、規定すべきではないと考えます。
 家庭・共同体の尊重は確かに、道徳的には重要でしょう。しかし同時に、これらは個人の生活や信条に大きく関係するものです。
 「憲法規範の主たる名宛人は公権力であって、個人の生活や信条に立ち入る事項についての義務規定は憲法には(法律にも)なじまない」と、私は考えます。

「国防の義務」
 これについても、規定すべきでないと考えます。
 「自分たちの国は自分たちで守る」という意識は大切であると、私も考えています。
 ただこれはあくまでも、(「国・郷土を思う心」等と同じように)各個人が自発的に抱いていく性格のものであるとも考えています。
 そのため、憲法・法律による義務づけは望ましくないと考えます。
 (「富国強兵政策がエスカレートして極端な軍国主義体制となり、我が国が破滅の危機に陥り、諸外国にも多大な被害をもたらした」という、過去の過ちを繰り返さない(教訓を生かす)意味でも、このような規定を設けることに対しては慎重であるべきと考えます。)

「(一般国民が)憲法を尊重・擁護する義務」
 これについても、規定すべきでないと考えます。
 現行憲法でこの規定の名宛人となっている「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員(以下「公務員等」)」は、あくまでも「法律に従って職務を遂行する人」という位置づけと考えられます。
 「公務員等の思想の自由を制限することが目的ではないので、公務員等といえども、職務と無関係の場面では必ずしも"憲法を尊重・擁護する義務"を負わない」と、私は考えます。
 よって、法律に従って職務を行う立場にない一般国民には、この規定は公私ともに最初からなじまないと考えます。

「環境を保護する義務」
 これについては、規定しても良いと考えます。
 我々が安定して住める場所は地球しかありません。
 我々の子孫に対して、安定して住める場所を保証することも、現在生きている我々の義務であると考えます。

「投票の義務」
 これについても、規定しても良いと考えます。
 (「投票の権利を有し、義務を負う」のような表現が望ましいと考えます。)
 我が国は間接民主主義制を採用しており、投票は民主主義の根幹をなします。
 「健全な民主主義体制を守り、国の進路を誤らせないようにする責務は、主権者たる国民一人一人にある」というメッセージを示す意味でも、この規定は有効であると考えます。
posted by たーしー at 22:34| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月06日

都議会選挙が終わって

 去る7月3日に、東京都議会議員(定数127名)の任期満了に伴う選挙が行われました。
 結果は大まかに言って、自民党が改選前より減少(51→48)したものの第1党の座を保持、民主党が改選前より増加(19→35)して第2党に躍進、というものでした。
 都議会の場合、民主党は必ずしも野党とはいえない立場のため、国会とは単純比較できませんが、一応、二大政党制の流れが定着しつつあるといえるでしょう。
 今回の都議選は勿論、これまでの国政選挙の傾向を反映していると言えますが、その一方で都議選は、その後に行われる国政選挙の行方を占う意味合いが強いとも言われます。その意味では今後、国政選挙と都議選との相乗効果が現れていくことも考えられます。

 一方、投票率は43.99%で、前回(平成13年)の選挙よりも6.09ポイントの減少でした。(これは、過去2番目の低さだそうです)

 今回の都議選を振り返って、私が感じたことをいくつか述べていきましょう。

☆投票すべき候補の決めにくさについて
 今回の選挙は、どの候補に投票すべきか、直前までほんとうに迷いました。(最終的に決心したのは、投票当日の朝です)
 是非とも投票したいと感じる政党・候補者が見つからず、どうしても投票したくない政党を除いた後に残った政党(民主党・共産党)の中から候補者を選びました。

 民主党は、(前述の通り)都議会では必ずしも野党ではなく、また、浜渦副知事による疑惑ねつ造事件に関係した議員もいるため、今回は投票を即断することができませんでした。
 共産党は、政策には必ずしも賛同していないものの、都議会のオール与党体制にブレーキをかけられる貴重な存在であるため、今回は投票の対象から除外することができませんでした。

 最終的には、民主党の若手候補に投票することとしましたが、これは、二大政党制の流れを築き上げることにより、国政での政権交代へとつなげていってほしい…との願いを込めてのことでした。
 選挙後の民主党の態度を見ていると、今後は都議会においても野党色を強めていく(石原知事・自民党・公明党と対決していく)様子が見られるので、その点は期待しています。
 (私は、石原知事の政策そのものには必ずしも反対していませんが、政治手法に疑問を抱くことがしばしばあります。民主党・共産党には、知事の政策面はもとより、政治手法に関するチェックもしっかり行ってほしいと期待しています。)

☆投票率の低さについて
 前述の通り、今回の選挙は、投票したくなる候補者が見つかりにくい選挙でした。(私のみならず、多くの有権者が同様に感じたことでしょう。)
 投票率の低さも、上記の事情が深く関係しているのだろうと思われます。

 ただそれでも、せっかくの投票の機会を見逃してしまう(投票権を自ら放棄してしまう)のは、あまりにももったいないことではないかと、私は思います。
 間接民主主義制をとる我が国では、(公職選挙・住民投票などの)投票が実質的に、参政権を行使する唯一の機会です。
 たとえ政治に不満があっても、投票に参加しないことには、現状の政治に対して信任を与えたものとみなされてしまいます。
 投票に参加せずに「今の政治は悪い」と愚痴を言っても、権力者側には説得力をもって聞き入れてはもらえないでしょう。
 「投票したい候補者」が見つからなければ、今回私がやったように、「投票したくない候補者を除外した後に残った候補者」に投票してみるのも一つの手ではないかと思われます。
 それがベストな選択であるのか、私は自信がありませんが、少なくとも、「投票したくない候補者」が当選するのを何もせずに見守っているよりは遙かにベターではないかと考えています。
posted by たーしー at 22:09| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月05日

皇位継承制度改正論議

("何でもかんでも掲示板"で、私が6/30に投稿していた記事を転載します)

 首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」の第8回会合が6/30に開かれました。
 その中で、「安定的な皇位継承のためには、継承資格を男系男子に限定した現行の皇室典範を改正し、継承資格者の数を増やすことが必要だ」ということで委員の認識が一致したそうです。
 具体的な改正方法については意見の隔たりがあるようですが、これについては7月下旬に再び会合が開かれ、論点整理を行うそうです。

 ところで、皇位継承資格者を増やすための具体的な方法としては現在のところ、以下のような案が浮上しているようです。

(1) 男女とも完全に平等に扱い、直系長子を優先する。
(2) 男女を問わず直系を優先し、兄弟姉妹間では男子を優先する。
(3) 女子も皇位継承資格者に含まれるが、原則として男系男子を優先する。
(4) (1947年に皇室を離脱した)男系男子を皇室に復帰させ、皇位継承資格を付与する。

 上記のうち、現行規定と比べて最も変更の度合いが高いのが(1)で、番号が増えるほど変更の度合いが低くなります。
 (1)に近い案を唱える人々は「男女平等」を、(4)に近い案を唱える人々は「我が国の伝統」を、それぞれ重視しているものと思われます。
 (2)(3)も勿論、ひとつの案ではありますが、(1)と(4)の中間的要素があるので、ここではとりあえず、(1)と(4)について考えていきましょう。

☆(1)について
 メリットとしては主に、「我が国における男女平等の促進が期待できる」「皇位継承資格者が不足するリスクがきわめて少なくなる」という点が挙げられています。
 デメリットとしては主に、「皇室を離脱する人が少なくなり、皇室の人数が多くなりすぎるリスクがある」「"男系男子限定"という皇位継承の伝統・血筋の正当性が損なわれるリスクがある」という点が指摘されています。

☆(4)について
 メリットとしては主に、「男系男子の血筋を守ることにより、皇位継承の伝統・血筋の正当性を損ねずに済む」という点が挙げられています。
 デメリットとしては主に、「60年近く前に皇室を離脱した人の子孫が皇室に戻ってきても、国民の理解・親近感を十分に得られないというリスクがある」という点が指摘されています。

☆私の個人的な意見
 私としては上記のうち、(1)の案を強く支持します。理由はおおむね以下の通りです。

「現行の皇室典範が制定された当時とでは、我が国の情勢が大きく異なってきている。」「伝統にもそれなりの柔軟性は認められて良いと考える。」
→当時の我が国は男尊女卑の風潮がきわめて強かったが、現在ではそれがかなり薄れてきている。
 天皇や皇室が"国家や国民統合の象徴"であることを考えると、皇位継承制度も一般社会の流れに添う形を取って差し支えないと考えられます。
 また、皇室の男尊女卑が解消されることにより、一般社会に一部残っている男尊女卑の風潮も解消へと向かう"相乗効果"が期待できます。

「血筋の正当性に男系・女系の違いは関係しないと考える。」「X染色体とY染色体では、重要度や正当性には差がないと考える。」
→遺伝学的に見れば、全ての人は父親と母親の遺伝子を半分ずつ受け継いで生まれてきています。
 女系(母親の系統の血筋)であっても、確実に祖先の遺伝子を引き継いでいるわけですから、血筋の正当性には何ら問題ないと考えられます。
 ところで、女系および女子への皇位継承権付与に反対する人々が掲げる根拠の一つに「Y染色体を受け継いでいないのでよろしくない」という論理があるようです。
 X染色体もY染色体も、必要な遺伝情報がきちんと入っている以上、「Y染色体を受け継いでいない〜」という論理は意味を持たないのでは?と、私は考えます。

「60年近く前に皇室を離脱した人の子孫を、今さら皇室に戻す必要はないと考える。」
→勿論、その子孫が悪いと言っているわけでは決してありませんが、「皇太子夫妻や秋篠宮夫妻に娘がいるのにどうしてわざわざ…」というのが、私の偽らざる気持ちです。

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関連記事(8/31投稿)→http://morningliner.seesaa.net/article/6425195.html
posted by たーしー at 21:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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